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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7582号 判決 1974年9月18日

原告

佐藤たか子外四名

右五名訴訟代理人

真部勉

榎本武光

被告

加藤国次

右訴訟代理人

横地正義

福吉寛

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告は原告佐藤たか子に対し、金一六六万六六六六円、同佐藤孝一、同佐藤とし子、同佐藤義昭、同佐藤照代に対し各金八三万三三三三円とこれらに対する昭和四六年九月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

<以下、事実欄略>

理由

一清<編注、原告らの被相続人佐藤清のこと。>の受傷および治療経過

清は昭和三六年九月当時大工をしており、被告はその頃肩書地において加藤接骨院の名称で接骨院を営む柔道整復師等に関する法律所定の免許を受けた柔道整復師であつたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

(一)  清は、昭和三六年九月一三日仕事先の建築現場において、地上約三メートルの高さの脚立から地上へ転落し、腰部を強打し、同僚の介助を受け直ちに被告の施術を受けるため加藤接骨院を訪れた。清はその時腰部に激痛があり、独力で歩行できない状態であつた。

(二)  被告は来院時の清の右の様子等から、提携先の金井病院(整形外科)勤務のレントゲン技師訴外伊藤源一に連絡・依頼し、同接骨院の施術室において右伊藤の手で清の腰部正面部分のレントゲン写真を撮影し、さらに、患部の観察、問・触診等の結果、腰部痛のほかに、腰部について骨折による骨の転位あるいは神経・知覚障害は認められなかつたところから、同日は清の腰部の傷害については一応腰部捻挫(下腿部については打撲)と判断したうえ、念のため骨の転位を防止するため整復し、さらに患部の安定のための保存療法として患部に接骨酸を塗布し、副木を当て包帯を巻いて固定して帰宅させた。

(三)  被告は、その後において金井病院の医師あるいは右伊藤から清の腰部のレントゲン写真について骨折等の異常があるとの指示がなく(その頃金井病院と被告との間で、被告がその患者について金井病院勤務のレントゲン技師にレントゲン写真の撮影を依頼した場合は、その写真について同病院医師の判定を受ける取決めがあつた。)また自ら右レントゲン写真を一応検討した結果、清の腰部の骨折を発見するに至らなかつたので、被告はその後同年一〇月中旬頃まで隔日清の自宅へ往診し、症状の経過観察、右保存療法およびマッサージ等を継続したが、神経・知覚障害等骨折を疑わせる症状は発現しないばかりか、腰部痛が漸次軽快し始めたので、その頃においても清の腰部の傷害は捻挫であるとの判断を疑問視せず、その後も施術を継続した。

(四)  清は同年一〇月中旬頃から被告方へ通院することができるような状態となり、被告方へ通院して従前と同様の施術を受け、その後自転車に乗つたり、大工仕事をしながら治療に努め、同月三一日頃までには腰部痛は相当軽快し、右下腿部打撲は治癒したので、その頃をもつて被告方への通院を止めた。

(五)  そして、清は同年一一月中は大工仕事に従事したものの、腰部重圧感が抜けきらず、仕事に支障があつたので、同年一二月一日東京大学付属病院整形外科に通院して検査・治療を受けたところ、第二腰権圧迫骨折があると診断され、昭和三七年三月七日の診断結果では、第一・第二腰椎間に不規則の化骨像があり、骨増殖がみられ、圧迫骨折は新しいものではないとされ、また同月二〇日の東京労災病院での検査結果においても第二腰椎に著明な圧迫骨折があり、棘形成があると診断された。

以上の各事実が認められ〔る〕。<証拠判断省略>

右(五)に認定した事実によれば、清は昭和三六年一二月一日以降において第二腰椎圧迫骨折があると認められるところ、同年九月一三日の落下事故のほか右骨折の原因となるような事由があつたと認めるに足りる証拠がないうえ、第二腰椎部についての右診断結果に鑑みると、清は同年九月一三日の落下時の衝撃によつて第二腰椎圧迫骨折の傷害を受けたものと推認するのが相当である。

そうすると、被告は、清の初診時以来客観的には第二腰椎に圧迫骨折があつたのにこれを看過して、単なる腰部捻挫であると判断して柔道整復施術を行なつてきたこととなるので、次に被告の右措置に原告らが主張するような注意義務違反があつたか否かについて判断する。

二責任原因(被告の注意義務違反の有無)

(一)  柔道整復師に関する法律および付属法令の定めるところによると、柔道整復は、公認の学校または養成施設において解剖学、生理学、病理学、衛生学その他柔道整復師となるのに必要な知識および技能を修得した受験資格者のうち都道府県知事が行なう試験に合格して免許を取得した柔道整復師に限つて、これを業として行なうことをうるものとされているが、一方、柔道整復師は、医師の同意を得た場合および応急手当をする場合のほかは、脱臼または骨折の患部に施術をしてはならないとされ、外科手術や薬品投与もなしえず、また、診療放射線技師および診療エックス線技師法によると、一般の柔道整復師には検査のためレントゲン写真の撮影をすることも禁止されており(同法二四条、二条)、これらによつてみるに、法は、柔道整復師について、相当度の専門的知識および技能を有することを前提としたうえで、打撲、捻挫等につき、また、前記のような限定のもとにおいてではあるが、脱臼、骨折についても、その回復のための医療補助的措置として、前記知識および技能に基づく施術を行なうことを認めているものということができる。

右のような法意に鑑みると、柔道整復師として施術を行なうにあたつては、骨折または脱臼の有無に充分注意し、応急手当の場合を除いては、その知識および技能に照らし、患部の観察や質問その他法律上許されている各種の方法(レントゲン写真撮影を有資格者に依頼し、右写真の結果を参酌することはもとより許されるところであるが、常にこれを必要とするとはいえない。)を用いて周到な総合判断をなし、その結果、いやしくも骨折あるいは脱臼を疑わせるような症状あるいは兆候を認めた場合には医師の診察・指示に委ね、骨折・脱臼の患部に対し施術する結果となる危険を避けるべき注意義務があるものというべきであるが、柔道整復師として通常必要とされる知識および技能に照らし遺漏のない検査・判断をした結果、骨折あるいは脱臼を疑わせるような症状ないし兆候を認めず、捻挫や打撲と判断して患者に対し整復施術を行なつた場合には、客観的にはその当時患者に骨折あるいは脱臼があつたとしても、特段の事情がない限り、直ちに柔道整復師に要求される注意義務の違反があつたものということはできない。

(二) ところで本件においては、前記清の症状の程度・推移、治療経過・内容等に鑑みると、被告が清に対してとつた措置・施術において妥当を欠く点があつたとは認め難い。なるほど、被告は清の初診日に清の腰部正面のレントゲン写真を撮影したにすぎず、金井病院の医師に対し積極的に右レントゲン写真についての診断結果を照会したり、あるいはさらに詳細なレントゲン写真を撮影したとは証拠上認められないところであるが、一般的に柔道整復師はレントゲン写真の撮影を禁ぜられていることは前述のとおりであり、柔道整復師が施術するに当つて必ずしも有資格者によるレントゲン写真の撮影委嘱をしないことが常態であることは法規上も社会通念上も予定されているところといえるから、特別な事情の認められる場合のほかは柔道整復師に右撮影委嘱をする義務があるものとはなし難く、本件においては既述のとおり被告は前記金井病院の医師あるいはレントゲン技師から清の腰部について骨折等の異常があると指示を受けたことはなく、自らも清の腰部のレントゲン写真を検討したが骨折を発見するに至らず、その他の施術結果においても清に骨折を疑わせるような客観的症状あるいは兆候は認めなかつたこと(被告が右レントゲン写真から骨折を発見できなかつたことおよび骨折を疑わせるに足りる症状等を認めることができなかつたことについては、清の骨折時期、部位、施術継続中腰部症状が漸次軽快の傾向にあつたことおよび被告にはレントゲン写真について充分な知識を有することは期待し難いこと等に鑑みると、無理からぬところであり、被告に柔道整復師として落度があつたとはいえない。)、等に照らすと、被告として清の腰部について詳細なレントゲン写真の撮影委嘱をすべきであつたとするための特別な事情があつたとは認め難い。そうすると、被告が清に対し柔道整復施術を行なうに当つて、原告らが主張するような懈怠が被告にあつたとは認められず、他に被告に柔道整復師としての注意義務に反する廉があつたと認めるに足りる証拠もない。

のみならず、<証拠略>によれば、清は昭和三九年四月頃から歩行困難となり、昭和四六年二月においても四肢麻痺、大小便失禁、記憶力低下の各症状があつたと認められるけれども、これらはいずれも清の第二腰椎圧迫骨折による症状であるとは認められないことは、次に述べるとおりである。

すなわち、<証拠略>(医師水野昭平作成の診断書)には下半身麻痺の原因は右第二腰椎圧迫骨折である旨の記載があるが、<証拠略>によつて認められる右症状の発現時期・内容に<証拠略>を総合すると、昭和四六年二月当時における清の右症状はいずれも高血圧による脳血管障害によるものであつて、右症状は第二腰椎圧迫骨折による旨の右<証拠略>の記載は、清の死亡後国民年金および福祉年金受給申請に当り添付すべき診断書として清の家族の依頼により右各年金の受給を容易ならしめる目的で便宜上書かれたものであることが認められ〔る〕。<証拠判断省略>

してみると、原告が本訴において慰藉されるべき清の精神的苦痛の原因として主張する症状は、その大部分において第二腰椎圧迫骨折に起因して生じたものとは認め難いところである。

四結論

以上の次第であるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求には所詮理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(横山長 大出晃之 磯尾正)

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